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三原八幡宮 みはらはちまんぐう
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永正7年(1510年)に比大神・応神天皇・神功皇后をまつり、西町・西野村一帯の総氏神として建てられたと伝えられておりますが、天正3年(1575年)小早川隆景によってこの地に移され、浅野時代、この南側に広がっている宮沖新開築造の際に新田が寄進されています。 三原は沼田川を母として、埋立の歴史により発展してきました。平坦地はかつて海面であり、その埋立に伴う悲しい伝説もあります。広い境内には古くから能角力が行われていた相撲場や、かつて港の標識として西港町において親しまれていた高さ5mの常夜燈がここに移され、古くから桜の名所として親しまれたこの地を飾っています。伝えによれば、雄略天皇がこの地におなりのとき、枝ぶりの美しさをめでられ、そのさまが時雨のようであったところから「しぐれ松」として市民に親しまれた松がありました。これにちなんだ芭蕉の句碑や、昔、連歌が行われていた天神社などがあります。ここより眺める市街地は西町一帯の古い家並みの続く旧山陽街道が眼下に見え、城下町のおもかげがしのばれます。
芭蕉の句碑「旅人と我名よばれむ初しぐれ」